天使と野獣
「さっきも言ったように
わしは海軍大佐・東条剣二郎の子供として生まれた。
東条家は昔は武家、
明治になって軍人と言う家だったらしい。
だから戦争が始めれば進んで出兵したようだ。
しかしわしの義父・栄一郎はそんな家を嫌い、
その写真を写した後に家を出て大工になった。
ああ、理由はともあれ、
壊すより再生することを選んだ人だ。
戦争で焼かれたり壊されたりした家を作る事に」
そう言って栄はふっ、と
思い出し笑いのような笑みを浮かべて京介の顔を見た。
まさにお前とわしの関係のようだな、と言っている顔だ。
「剣二郎はお前と良く似ていたらしい。
文武両刀、それもかなり強烈なものを持っていたらしく、
異例なことだが二十代で海軍大佐になっていたと言う。
しかし、たとえ武道に優れていても
海の上では軍艦と生死を共にするしかなかったようだ。
終戦になった時に戦死の報告があり…
わしを生んだ女は、
寝込んでいた姑と赤子を残し、
金目のものと共に、待っていた男と家を出た。
元々役所から戻る途中の剣二郎が見初め、
親の反対を押し切って妻にした女で、
素性も分らなかったそうだ。
それでもあんな時代だったから… 」
そうか、それでその女が写っていたと思われる写真は破られていたのだ。
誰が破ったのだ… 父さんか。
「写真を破ったのは祖母だ。
悔しさのあまりの所業だ。
その人もその後すぐに亡くなり…
残ったのは赤子のわしだけ。
それで祖母の面倒を見ていた人が、
わしを文京区に住んでいた大工の
栄一郎の元へ連れて行った。」
京介の疑問を察したように栄は説明して、
昔を振り返るような顔をしている。
実際は記憶にない話だろうが…
それでも聞いたときはショックだった事だろう。
赤ん坊の時に母親に捨てられ、
写真は全て捨てられ顔さえも分からない。
そんな親の顔など見たくはないが…
思うだけで悲しくなる。
京介はたくさんある母との写真に…
父も一緒に映っているのもあるが、
それでも、父に悪いような気になってしまう。