天使と野獣

「義父はわしが物心ついた頃から
大田区の家に連れて行った。

その家にある歴史を,わしに知らせておきたかったようだ。

もっとも大工だったから家の修繕も兼ねてだと思う。

そしてわしが中学に入る頃
真実の話を聞かせてくれた。

それまでは大田区の家は父の実家で、
自分は大工・栄一郎の子供と思っていたからな。

義父はわしを育てるために結婚しなかった。

女なんてめんどくさい、
俺にはお前がいれば十分だ、と
よく酒を飲みながら言っていた。

ああ、わしも大工の親父が大好きだった。

学校へ行くより義父の仕事場へ行くほうが好きだった。

仮病を使って休み、
昼から現場へ行っても別に叱られなかった。

中学を卒業したら大工になりたかった。」


「そうか、それで父さんは大工仕事が上手いのだな。」


「まあな。が、わしが中学を卒業する頃、
その義父が現場で大怪我をし… 
痛い、痛い、と言いながら死んでしまった。」



その時の栄は、一瞬だが、
京介が見たことも無いほどに
悲しそうな顔をした。

母が死んだ時も悲しんでいたが… 

あの時は、
悲しみの悪魔を討とうとするように荒れた子供の、
京介を慰めるほうが先で… 

京介は、父が母の死をどのように嘆いていたか、

本当は知らなかった。



「父さんは中学で一人ぼっちになってしまったのか。」



自分にはいつもこの父がいてくれた。

それなのに寂しいと言って、
心のままに好きなことをしていた。 


いきなり京介は、
目の前にいる父・栄が

無性にいとおしいような存在に思われた。

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