天使と野獣

「ああ、一人ぼっちは… 
恐ろしいものだぞ。

言葉上は天涯孤独と4文字で表されるだけだが、

その心を人に伝えることなど出来なかった。

だから次第に性格もまともではなくなる。」



「だけど父さんはみんなに慕われているじゃあないか。」



そう、京介にとって父は、
この世で、誰にも引けを取らない

【最高の人】であり、【自慢の父】だ。


おしゃべりではないから公言はしないが、
心に中では、いつもそう思っている。



「それは母さんのお陰だ。
母さんと出会ったことでわしの気持ちが救われた。

それまでは… 親父の死を目の当たりにして
目の前が真っ暗になり、

それから一年は魂のない人間だった。

義父の大工仲間だった人たちが心配してくれたが、
とにかく何もする気になれなかった。

しかし、その頃の日本は高度成長時代で
大工の仕事も忙しく
怪我人も多かった。

その時にわしと同年代の見習い大工も怪我をして… 

そんな光景を見ているうちに医者になろうと思った。

が、まともに勉強してこなかったから大変だった。

まず夜間高校での勉強で、
自分が果たして勉強に頭がついていけるか試してみた。

そこを何とか卒業できたから次は二次、
夜間大学の医学部を目指した。

昼間の方が有利だろうが、
何しろわしの心は完全にひがんでいた。

幸せな顔をした大学生と一緒に勉強などしたくなかった。

ああ、生活費などは
義父が残してくれたもので十分だったが… 

それで三流大学の医学部に入って勉強した。

医者になれたのは三十二歳の時だ。

そんな三流大学夜学出の
新米医者を雇ってくれたのがあの田島病院。

その頃は小さな個人病院だったが… 」



そうか、それで父は田島病院のために、
院長が亡くなってから、
しばらく跡継ぎ問題などで不安定だったあの病院を、

たかが外科部長だった父が
看護婦から院長夫人となった久恵という人を支えて、

病院を今の形にして、後押ししているのだ。

ただの好意ではなく、恩を感じていたのか。


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