天使と野獣
しかし俺は…
あの病院はどうも嫌いだ。
母さんとの思い出が強すぎる。
いや、母さんを思い出し…
いつかは自分も、と言う不安な気持ちになりそうだ。
京介は、父の話を聞きながら、
脱線した心が生じ、
急いで打ち消した。
「わしは実の父のことは何も知らん。
が、義父からいろいろ聞かされた。
義父は弟の剣二郎が大好きだったようだ。
進む道は違っても
心は繋がっていた、とよく言っていた。」
京介は、田島病院で両親が出会って
結婚してからの話はなんとなく
いろいろな人から聞かされていた。
しかし栄は、自分の親たちの話に戻した。
「剣二郎は義父の話から想像しても
お前によく似ている。
人並み優れた運動神経、
武道に対する強烈な能力、
その行動力や洞察力、
今度の受験にも現れているが
お前の集中力、記憶力も並みのものではない。
剣二郎も別に親のコネで昇進したわけではない。
自分の能力を発揮しての結果だと聞いている。
わしが剣二郎の子だというなら、
彼の優れた能力は、
わしには潜在的にしか伝わらなかったが、
孫のお前に
より強いものとなって現れたのだろう。」
そう言いながら、栄は京介が握っていた写真を、
愛おしそうな眼差しで見つめている。
たとえ、記憶にはまったく無いにしても、
父・剣二郎の生まれ変わりのような京介を見て、
栄一郎義父しか知らない栄だが、
無性に剣二郎が恋しくなったような顔だ。
「剣二郎じいちゃん、大田区の墓に入れなかったのか。」
「ああ、海に沈んじゃったからなあ。
どの辺りの海か、わしは細かい事は何も知らん。
しかし、骨は無理だったが、
家を出る時に散髪し、
その髪を手形と共に、
いや、義父の話では、
愛用していた小太刀も、
遺骨の代わりに埋葬した、と聞いている。」