天使と野獣

「父さん、あの刀は… 」



そして京介は、あの偽マサムネのことを口にした。



「ああ、あれは顔見知りの道具屋に研ぎに出している。
あれだけ刃こぼれしていては惨めだからな。」


「うん。俺、あれを貰っても良いか。
俺の部屋に置いておきたい。

明日、剣二郎じいちゃんにも断ってくる。」


「ああ、きっと喜ぶぞ。」



と言いながら、栄は、
自分が現実を直視する、
西洋医学を学んだ医者であると言うことを忘れ、

謙二郎の魂が京介をまもってくれる、と感じている。

京介の動き… 
とてもではないが、いつも見ているわけには行かない。



あれ… いきなり京介の脳裏に、
この場とは無関係の、
あの一年生の女子、酒井和美の事が浮かんだ。


父と子の和やかな会話の最中だったが、

京介は元々、穏やかな長話は苦手だった。


いくら大好きな父との会話でも… 
特に父とは心が通じている。

父が元気ならばそれでよし、だ。

それに今、ルーツで知りたいことは大体分かった。

あのマサムネももらう事になった。

卒業式の後、墓参りする事も決めた。

当面の事は… これぐらいで十分だ。



それよりも、いきなり京介の脳裏に浮かんだ事は… 



「父さん、話は違うけど… 
あの女のこと、どうなったか知らないか。」


「女… 誰の事だ。」


「吉岡の女だよ。病院にいたはずだが… 
退院したかなあ。」


「ああ、あの子なら退院した。
事件が片付いたから、

警察も警護の必要はないと判断し、
家族もそれを望んだらしい。」


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