天使と野獣
「父さん、俺は怖い。
そんな不確かな事を口にしないでくれ。」
そう言う京介はソファーに座りながらうつむいて…
泣くのを堪えているような子供の表情を見せている。
そして、一瞬にしてその場の空気が凍りついたようだ。
「京介、お前… 」
栄は見たことの無い京介の様子に…
その心の中に潜んでいるものが見えてしまった。
いつもは元気な、いや、
見ようによっては勝手気まま、
傍若無人の京介がこんな顔をして…
この握った拳が震えているではないか。
「お前、まさか、まだ母さんの事を… 」
栄はその震えている拳を包むようにして
もう片方の手を京介の肩に置いた。
そしてしばらくは何も言わず京介の温みを感じている。
考えもしなかったが…
この顔は… 京介がこんなに怯えた顔をして…
京介が母の病を気にしていたとは…
あまりにも不憫ではないか。
「父さん、俺は母さんが発病してから生まれたのだろ。」
その静寂に耐え兼ねたように京介が口を開いた。
「ああ… すまない。
中絶を勧められたが…
死を宣告された母さんは、
後に残るわしの為にお前を残してくれた。
母さんはわしが天涯孤独の身と言う事を知っていた。
しかし、母さんは強かった。
お前も知っているだろう。」
「うん、出産までもたない、と言われていたのに俺を産んで、
そのまま10年間も生きた。」
「そうだ。母さんはわしやお前の為に頑張ってくれた。
お前はその強い母さんの子だ。
だからこんなに強い子に育ったではないか。
わしはただの医者だが,お前は人並み優れた強さを備えている。
それはただ腕力だけではない、
飛び抜けた精神力が備わっている強さだ。」