天使と野獣
「父さん、何を言っているのだ。
俺、父さんの事を恨む事はない。
いつも俺の為に一生懸命働いてくれる父さんに感謝している。
大好きだよ。
家のことは高校生になった俺がすべきなのに、
父さんに甘えている。
さっきの事は… きっと父さんの縫い方に感激して、
いつもは消していた、
いやな感情まで飛び出して来たみたいだ。
父さん、気にしないでくれ。
俺は父さんとこうして生きていられて幸せだ。
だけど… もし発病したら絶対に治してくれよ。」
その最後の一言、
それはどうしようもない不安の種なのか。
17歳の京介…
人生はこれからいくらでも可能性を含んでいる時期に…
不治の病に犯された母から生まれた子…
なまじ賢い子だけに考える事が多かったのだろう。
「馬鹿。お前は発病などしない。
お前は強靭な体力と精神力が備わった、
言えば神から託されたような子供だ。
そんなお前に、そこいらの病が寄り付けるはずが無い。
ああ、そうだ… お前は母さんの体を借りて、
孤独に怯えていたわしの為に神が遣わしてくれた天使だ。
ああ、母さんが望んだ事とは言え、
剣道をしていた時のお前はまさに天使のように可愛かった。
体は小さかったが、
絵に描いたような見事な型を使い、
華麗な動きをして強かった。
アレで母さんも力を増し、
わしのあらゆる疲れも吹っ飛んでいた。
京介、これからもお前は好きなように生きろ。
ただし、わしの目の黒いうちは一緒だぞ。」
と、栄は言葉には出さないが京介が安心するように、
生ある限りお前を守る、と言う事を伝えた。
「わかっているさ。俺、今はっきりと決めた。
父さん、俺、医学部へ行く。
医学を学んで… 父さんは俺の為に、
俺は父さんの為に、
父さんを絶対に俺より先に死なせないために研究する。
だから先生も俺に医学部を進めたのだ。」
と、卒業式の出席条件として、
医学部受験を言い出した高木の顔が浮かんできた。