千恵の森
チコは、この家にやって着た日、この町へやって着た日に、この人形が入り口の真正面に有る扉に、まるでその前に立ちはだかるようにして立てかけて有るのを見つけた。と言うよりも、この家の敷居を跨いで、この人形が目に入った瞬間、悲鳴をあげてしまった。ぼろぼろの服をまとい、傷だらけで所々変色している顔や手足をむき出しにして、ぐったりと扉に寄りかかっている人形を見て、一瞬、デロレスはこんな所で待ち伏せしていたのか、と思ったのだ。しかし、それがただの人形だと分かっても、それが自分のすぐそばにあるのは、とても恐ろしかった。何故か、人形がいつか目を開いてこちらを睨みつけるような、そして睨みつけられた臆病な人殺しはその場で動けなくなって、彼らの住む丸い暗闇の奥へと引きずり込まれてしまうような気がした。そこで、人形だけをそこに残して、自分は、人形の後ろの扉の向こうに住むことにしたのだった。しかし、そのためには人形を扉の前から退かさなければならなかった。彼は必死に爪の先ほどしか無い勇気をかき集めて、その人形を自分の体からなるべくはなして持ち上げ、入り口のドアの右脇においた。