汝、風を斬れ
「ジン」
 天幕の要になっている、太い紐を手に持ってジンは答える。この紐を引けば天幕は倒れ、あとは巻き上げれば良い。多少、向こうの目くらましになるだろう。
「何だ」
「姫様に、血を見せてもいいか?」
 それは、人を斬ることを意味する。球体の中から、少しだけ外界が見えるはずだ。
「だめだ」
 返事はすぐに返ってきた。彼女は王女である前に、十七歳の少女なのだから。

“姫様”
 球の向こうから、声ではない何かが届く。体に降り注ぎ、染み込んでくるような、そんな音だ。
“俺の声が聞こえますか”
 セント……
「はい」
“俺に付いてきて下さい”
「どうやって?」と問いても答えはない。どうやら、こちらから声は届かないようだ。だから、念じる。
――セントに、付いて行く……
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