汝、風を斬れ

 雲が月を隠す。
 風が少し強く吹いた。

「お前を殺してしまうかもしれない」
 確かめるように、もう一度。

 月が顔を出す。

「ジン」
 少しの沈黙の後、先に口を開いたのはセントだった。
「人を殺したこと、ないだろ」
「……ない」
「そうか」答えは早い。

「ある所に、」
 セントが独り言のように語り始めた。ジンは何も言わず耳を澄ます。
「男がいました。男は兵士でした。


 実力は中の中、階級も中の中、容姿も中の中。特に目立つことのない男でした。彼には、しっかりした妻と小柄な一人息子がありました。彼はこの平凡な家族を、とてもとても愛していました。
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