汝、風を斬れ

 ある時、遠い国で戦争が始まりました。男の国でも同盟国のために十万の兵士のうち、五千を出兵させました。その中にはその男が入っていました。
 彼の隊は連戦連勝でした。彼は陣地に戻ると、決まって首からロケットをはずし、小さな家族の姿絵を眺めては微笑みました。それは、とても優しい笑顔でした。

 ある夜明け前のことです。突如、見張りの兵が叫びました。
「奇襲だ、敵のきしゆ」
 見張りの首が落ちました。

 男は急いで武装して、襲撃してきた敵と応戦しました。敵は二百に及びません。対等な実力ならば、数で勝てるはずでした。
 しかし、できませんでした。一人、また一人と戦友が倒れていきます。男も倒れました。今までに見たこともないような量の血が、自分の体から流れています。不思議と痛みは感じませんでした。
 ロケットが少し遠くへ飛んでしまいました。手を伸ばしたかったのですが、腕が動きません。
 男は静かに死んでいきました。

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