~天に背いて~<~天に送る風~第二部>
第十章 痛みの対価
食事もろくろく摂らずに、憔悴した顔で部屋から出てきたアレキサンドラだったが、そうしてみれば濃い闇のような影が長い廊下の向こうを通り過ぎるのが見えた。
「マッ、マグヌス宰相殿!」
彼は、アレキサンドラなどよりよほど憔悴しきっていた。顔は土気色で、まるで黒い影そのものと同化しておしまいになってしまったのかと思われる。
「なんと……お労しいお姿に。無理もないことだ。最愛の弟君を失ってしまわれたのだから……」
そう思うと、胸が締め付けられる。同時に、一命はとりとめたものの、彼女のような素人にはわからない理由で昏睡状態にあるという母のことが思い出されてならなかった。
そして自分の手を見下ろすと、しばらく前にはきれいに手入れしていたはずの指が、芯から冷えて、神経質に震えた。