勿忘草




「もう、大丈夫そうだな」



あれからしばらく二人、パラソルの下で休んでいた。



わいわいと賑わっていた館内も、人が減り始める。



気温も少し下がり、
太陽が傾き始めた頃、総護君そう言って立ち上がった。



「今日はもう帰るぞ。」



「え…」


そう言う彼に、私は残念そうに声を挙げる。


まだ少ししか見れてない。


総護君が私の為にそう言ってくれているのはわかっていたけれど、


せっかく来たのに帰ってしまうなんて、
なんだかもったいないと思った。



「でっ…でも、私はもう大丈夫だから…」

「駄目。」




そんな私の要望を容赦なく却下し、
彼はスタスタと歩き始める。



朱色に染まる空。






夕日によって赤く染る景色の中、

彼の背中が昔より広く見えたような気がした。










その広い後ろ姿に、妙な切なさを感じる。




その背中を
懐かしく感じるのも、

寂しく思うのも、

真っ赤に沈んでゆく夕日のせい?









「ほら、置いてくぞ」



そんな彼の背中を見ていた私に、
少し振り向いてそう声を掛けてくる。


けれど私の返事を待つことは無く、
彼は再び先を歩き始めた。



そんな彼を、
私は後ろから追いかける。







一日の終わりを惜しむように、寂しげに鳴く蝉の声は、
ただ辺りに悲しく響いた。





< 120 / 136 >

この作品をシェア

pagetop