勿忘草
「あぁ。しかし全てといっても失っているのはエピソード記憶だけ。意味記憶といわれる基礎知識などは正常だよ」
「エピソード記憶?」
私が首を傾げながら言う。
すると葛城先生は分かりやすく説明をしてくれた。
「記憶にはいくつか種類があるんだよ。エピソード記憶というのは、体験したこと…いわゆる『思い出』だ。」
「思い出…」
「そう、君にはそれがない。」
『思い出』がない。
今まで感じてきた
楽しい事、
悲しい事、
嬉しい事、
悔しい事、
それはどれも大切な想い。
けれど今の私にはその『想い出』が無い。
「…それは…ちゃんと取り戻せますか?」
私は願うように、聞いた。
「それは…悪いが何ともいえない。明日思い出すかもしれんし、一年後思い出すかもしれん。もしかしたら一生このままという可能性もある。」
葛城先生が申し訳なさそうに眉を下げる。
「そんな…」
私はショックでうなだれた。
「しかし君は名前を思い出した。その花を見てね。きっとその花に、何か強い思い出があるのだろう」
「けれど私には記憶が…」
私にはその思い出の記憶がない。
なのにそんな事…
私は悲しげに眉を下げる。
そんな私に葛城先生は、肯定しながらも否定した。
「そうだ。確かに今の君には記憶がない。だが、完全に失ってわれた訳ではないんだよ」
その言葉に思わず俯いていた顔を上げる。