幕末異聞
山南が瞬きをした一瞬の出来事。
刀を突きの姿勢のままに平間が捨て身で突進してきた。
「うぉぁぁぁぁぁぁっ!!!」
突きの姿勢で突進してくるなど実践剣術においては邪道。正面以外は全く無防備になるのだ。
山南も一瞬焦ったが、そこは北辰一刀流免許皆伝者。すぐに落ち着きを取り戻し、体を横にずらして、平間のわき腹を狙う。
「うぐぅッ…!」
血を流したのは平間。
山南は狙い通り、平間のわき腹を斬っていた。だが、平間はまだ立っていた。
「な……何故…急所を外…した…?」
自分の横を走り抜けて行った背中越しの山南に問う。
「……行きなさい」
「……何だと?」
耳を疑う様な言葉に平間は思わず山南を見た。
「早く行きなさい!!」
今度ははっきりと平間に背を向けたまま大きな声を上げた。
「あんた……」
「早く!!!」
あまりに切羽詰った山南の声に平間は驚いて、血がにじみ出ているわき腹を押さえながら裏門へと走る。
平間は最後まで背を向けた山南の表情を見ることはなかった。
「山南さん!殺ったか?!」
隣の部屋で平山と交戦していた原田が山南の元に駆け寄る。持っている刀からは血が滴っている。
どうやら、原田は任務を無事終えたようだ。
「原田君…悪い」
山南の色を無くした顔に原田は怪我でもしたのかと心配になった。
「取り逃がして……しまったよ…」
「……何だって?」
首をうな垂れる山南に原田は声を失った。