幕末異聞


楓が屯所に着いた時には足の裏が傷だらけだった。
走っている途中で下駄は脱ぎ捨ててきたのだ。

痛みも寒さも忘れて楓は屯所の門を潜ろうとしたその時、屯所の庭先に何か動くモノが見えた。
猫や狸にしては大きい。どうやら四つん這いになって歩いている人間のようだ。

楓は門を潜り、動くもの目掛けて走る。



「ひィっ!!!」


近づいてくる音に怯える物体。腕で覆い隠された頭部から覗く弱々しい目。


「あんた……平間か?!」


変わり果てた平間の姿に楓は一歩退いた。


「あ……赤城………赤城なのか?!!」


膝立ちになり、楓の袴の裾を破れそうなほど握り締める平間。


「たた……助けてくれーー!!」


哀願する平間の尋常でない姿に楓は眉を顰める。

「中で何があったんや?!」

とりあえず平間から中の状況を聞きだしたい楓はあえて落ち着いた声で平間に質問する。


「や…山南と…近藤の手下が……」


「…あんた、誰と対峙したんや?」


「…や……山南」


楓は知っていた。

近藤と土方に忠実に仕える沖田や原田が今回の標的である芹沢派の重要人物を取り逃がすはずがないと。そして、近藤派の中で誰が一番割り切れていないかを。



「平間さん。あんた、敵に背を向けておずおず逃げて来たんか?」


「…へ……?」


今度は冷静な声ではなく、冷徹な声で平間を見下ろす楓。


「…ち……違う!!!これは山南が…ッ!!!」

「局中法度第一条・士道に背く間敷き事」



「ままま……待て!!!」

「之を破る者、切腹を申し付ける…」




――ドシャッ!!



いつの間に刀を鞘から抜いたのか。恐らく、平間は自分が斬られた事に気づかないまま死んだであろう。
だが、平間の死体が楓の足元に転がっているのは事実。

抜いた刀を鞘に戻し、楓は屋敷内へと入っていった。


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