幕末異聞



「お梅!!」


ここに居るはずの無い者の声に全ての人間が動きを止める。
開け放たれた障子から現れたのは、ずぶ濡れになった楓だった。


「うっ……楓はん…」


「楓…お前……」



――ドスッ


一瞬の出来事だった。

楓に目がいっている芹沢の腹を土方の突きが貫いたのだ。
ズッと刀を抜くと、芹沢の巨体はそのまま前のめりに倒れ、夥しい量の鮮血が部屋の畳に染み込んでゆく。



「い…………イヤアアアアアアッ!!!」


お梅は金切り声を上げながら、芹沢の体を揺すった。

「芹沢はん!!う…うちを置いてかんといてぇぇぇ!!」


芹沢の体にしがみ付いて子どものように泣きじゃくるお梅に誰一人として近づくことはできない。


「…っ」

沖田は思わず目を逸らす。とても見ていられる光景ではなかった。


声を聞きつけ、原田と山南も様子を見に来た。



「ひっく…うぅ……っ……か…えで……はん……?」


顔を埋めたままうまく呼吸が出来ず、嗚咽交じりに楓の名を呼ぶお梅。


「…なんや?」


楓は優しく問い返す。



「うち…を……芹沢はんの……とっ…処に……送り届けて…くれはり……ます?」



「「!!?」」


沖田と楓はお梅の予想外の言葉に自分の耳を疑った。


「うち……こうなる事…薄々…わっ……わかってたんよ。
…楓はんとお…沖田はんの優しい嘘にも…気づいてた……」


「お梅さん、もういいです。
やめましょう……こんなの…」



絶えかねた沖田がお梅を止めようとするが、それは叶わなかった。


「でもっ!!…うちは芹沢はんがい……いないと…ダメなんどすっ!!」


お梅の口調は一層強いものに変わり、目もしっかり焦点が定まっている。



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