幕末異聞

つい何日か前までは笑ったり怒ったりしていた人間が今はこの巨大な石の下にいる。
そう考えると、生きる事と死ぬ事の境界線が曖昧になってくるようで怖かった。



――何のために生きてきたのか?


そんな疑問が楓の頭の中をいっぱいにする。



「…総司」


「はい?」

言いようの無い感情に耐え切れず、つい口走ってしまった隣にいる男の名前。
生きている者の声を聞かなければ、自分もこの土の中に引きずり込まれてしまいそうだった。

「芹沢は、死んで残す“証”がある言うとった。それは一体何かな?」

遠い場所を見つめる楓の顔が沖田には泣いているように見えた。

「私にはしっかりとした答えは出せません。でも、もし私が芹沢さんの立場だったら、貴方のように自分が死んで悲しんでくれる人そのものが自分の生きた立派な“証”になると思います」


「はっ…迷惑な証やな」


楓は首を傾げて仁王立ちになり、大きなため息をついた。
沖田に言われて初めて自分が人の死を悲しんでいる事に気がついた。

(こんな気持ち、当の昔に置いてきたはずやのに…)


「あ!そうだ!!実はお梅さんの事調べてくれたの山崎さんなんですよ?」

胸の辺りで右の人指し指を空に向けて伸ばし、沖田は思い出したように言う。


「…は?!」


沖田の口にした名前を聞いて楓は鳩が豆鉄砲食らったような間抜けな顔をする。
予想以上の好反応と楓のあまりに滑稽な表情に沖田は思わず吹き出しそうになるのを耐える。


「壬生寺に無縁仏の墓があるのを教えてくれたのも山崎さんです。後でお礼を言いに行かなければいけませんね!」



「…ええぇぇぇ!!?」


墓前という事を忘れて楓は頭に両手をやり、グシャグシャと髪をかき回しながら叫んだ。

突然の叫び声に驚いた鳥たちが一斉に飛び立っていった。


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