幕末異聞
「では私は?」
誰も居ない屯所前の通りに響いた沖田の信じ難い言葉に楓は鼻に皺を寄せ難しい顔をする。
沖田の表情は真剣だった。
「…今日は妙に突っかかってくんな?」
「貴方が人の内面を見ようとしてないからです」
普段他人に無頓着な沖田が今日は一歩も引かない。
早朝の京都の風は頬を刺す様に冷たい。しかし、その冷たさを勝る冷えきった楓の視線が沖田の体を射抜いていた。
「人間の内面なんて覗いた所でええことなんか一つもあらへんやろ」
「…そうやって逃げるんですか?」
突然楓の目つきが変わる。
その小さな身体からは信じられないほどの威圧感を放っていた。
「何が言いたい?」
「貴方は何を恐れているんですか?仲間を失うこと?!それと「黙れ」
冷たい空気を振動させる楓の声は落ち着いていた。
「あんたかて人のこと言えんやろ?刀振ってるだけで何も見とらんやないか。お前こそ怖がってんとちゃうんか?!
そうやって表面でヘラヘラ笑って自分誤魔化して、本当は自分が斬ってきたモノの重さに気がつくのが怖いんやろ?!!」
「…」
「人間は鬼にはなれん!!
そうやって人を斬っている時の“沖田総司”にいつまでも隠れていられると思うなっ!」
声を荒げる楓の声をただ黙って聞いている沖田。
「自我もクソも持っていないやつが他人のことどうこういう権利はない」
吐き捨てるように残された楓の言葉には怒りが篭っていた。
そのまま楓は屯所の中に戻っていった。
枯葉がカサカサと音を立てて舞う様子をしばらくぼんやりと眺めていた沖田は、ついさっきの楓と自分とのやり取りに笑気が湧いてきた。
「はは。私らしくないなぁ」
と、自嘲の言葉を風に乗せ、ゆっくりと京都の町へ歩いていった。