盃に浮かぶは酒月
上弦
遠い遠い昔には、彼にも心があっただろう。
彼が背負った悠久の時間は、壊れかかっていた心を失くすには充分だった。
「なんだ……。やけに明るいと思えば、今宵は月が出ていたか。」
手にした刀に一筋の血が伝う。
男は血を拭うこともせず、天上に輝く弓張月(半月)を見上げた。
男は若々しく、美しい。
纏う濃紺の着物は貴族か皇族しか身につけることを許されない品だが、男はそれを優雅に着こなす。
夜空と、着物と対照的に、男の髪は月光を蓄えたかのような白銀色だった。
黒々と深い瞳は、ただ月を見つめるのみ。
男はたった今、この国の王になった。
一万の軍勢率いる敵国にたった一人で挑み、男は幾度となく勝利をおさめてきた。
男は幾度となく“死んだ”が、
幾度となく“生き返った”。
不老不死。
それが男の身に与えられた、悠久の時間だった。
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