盃に浮かぶは酒月
誰だったかも分からない。
だが、あの人を愛しいと思う気持ちは、今も昔も千年間、少しも変わっていない。
私はあの人を恋い慕っている。
この感情が無かったら、千年も経つより先に、気が狂っていたに違いない。
桂撫は、武将の骸の兜と、腰の酒瓢箪を拾い上げた。
―――本当はもっと正式な形で執り行いたかったが。
瓢箪の中の透明な酒を、兜の中に注ぐ。
即席の御神酒と盃だ。
瓢箪はすぐに空になり、彼は盃に薄く溜まった酒に一礼。
「私は、貴女に相応しい男になった筈だ。」
―――だから……。
貴女を手に入れられる筈だ。
桂撫は酒を見た。
水面に、天上の満月が映っている。
盃の中でだけ、桂撫は彼女を手に入れることが出来た。
これでは足りない。
これでは駄目だ。
本物の美しいあの人に逢いたい。
例え記憶から消え去ってしまっても。