盃に浮かぶは酒月
気の遠くなるような時間の中、ふいに自分の名すら忘れそうになる。
しかしそんな時、男は決まって夜空に浮かぶ月を見上げる。
上弦の月は男をあまねく照らし、そして名を呼ぶのだった。
―――“桂撫(かいなで)”。
それが男の名である。
桂撫は血の付いた刀を、たった今切り捨てた武将の骸に突き立てた。
見渡せばそこかしこに死体の山。
全て、桂撫がたった一人で葬った人間達。
「私もかつては人間だった筈だ。」
桂撫は自分を疑った。
人の顔をし、人並の武術を持ち、人の美しさを持つ自分。
だが、人でない寿命、人でない若さ、人でない体を持つ自分。
人を殺す自分。
…これではまるで化け物だ。
桂撫は再び空を仰いだ。
月は大きく美しく、自分を照らしてくれている。
「そうだ、私は、あの人のために……。」
忘れかけていた信念と記憶が、桂撫の中でゆっくりと浮上する。