盃に浮かぶは酒月




「…赤映(せきえい)。
そう。それがわたくしの名。

やっと思い出してくださいましたね、帝…。」




空になった盃を持つ手が、柔らかな感触に包まれた。

伽羅の香りがする手と、優しげな囁くような声。
桂撫はつられ、声のしたほうを見上げた。


―――あ………。



一人の天女が、月を背に桂撫を優しく見下ろしていた。

流れる黒髪、白い肌。
今まで忘れていた筈の記憶がとめどなく溢れ、桂撫は涙が流れるのを止められなかった。


閉月羞花。
かつて自分がただ一人愛した美しき“姫”が、今まさに目の前に立っていた。


「わたくしを待っていてくださったのですね。ずっと月より見ていました。」


姫は…赤映姫は、慈しみを込め言った。

嗚呼、何故今まで忘れてなどいたのだろう。
こんなに心に響く声を。


< 20 / 37 >

この作品をシェア

pagetop