盃に浮かぶは酒月
「…赤映(せきえい)。
そう。それがわたくしの名。
やっと思い出してくださいましたね、帝…。」
空になった盃を持つ手が、柔らかな感触に包まれた。
伽羅の香りがする手と、優しげな囁くような声。
桂撫はつられ、声のしたほうを見上げた。
―――あ………。
一人の天女が、月を背に桂撫を優しく見下ろしていた。
流れる黒髪、白い肌。
今まで忘れていた筈の記憶がとめどなく溢れ、桂撫は涙が流れるのを止められなかった。
閉月羞花。
かつて自分がただ一人愛した美しき“姫”が、今まさに目の前に立っていた。
「わたくしを待っていてくださったのですね。ずっと月より見ていました。」
姫は…赤映姫は、慈しみを込め言った。
嗚呼、何故今まで忘れてなどいたのだろう。
こんなに心に響く声を。