盃に浮かぶは酒月
下弦
衣だけを遺して、桂撫は死んだ。
いや、有るべき場所に還ったのだ。
まだ温もりが残る衣を抱きしめたまま、赤映は泣いた。
静かに。静かに。
人間に心から愛された天人は、もしかすると当の人間よりも、その人間を一途に愛していたのかもしれない。
だから毎夜毎夜、欠かさず千年間も、男の名を呼び続けたのかもしれない。
だから毎夜毎晩、男の姿を天上から見ていたのかもしれない。
こうなることを、頭の隅で予期していたのに。
一陣の風が吹いた。
風は金砂を巻き上げ、高い高い天上の月へと、桂撫を連れて行った。
赤映は、渦を巻き昇っていく風を見つめて呟いた。
「桂撫様。死してもなお、わたくしの傍に居てくださるのですね。」
風となって。
金色の風となって。
桂撫は赤映の行くべき月へ旅立った。