盃に浮かぶは酒月
「では、貴方様にも月の者の名を差し上げましょう。
貴方様は、腕風(かいなて)。
月に生うる月桂樹を撫でる、優しい神風。
わたくしを撫でてくださる、その大きな手…。」
形が無くなっても、記憶を見失っても、心はいつまでもそこにあるようにと。
それに答えるように、彼女が名付けた一陣の腕風が吹いた。
腕風は赤映の背や髪を優しく撫で、その体をふわりと宙に浮かせた。
赤映の体は羽のように軽く浮かび上がり、空へ舞い上がる。
目指すは、月。
赤映の故郷であり、桂撫の新しい居場所。
「そうですね…。わたくしとしたことが、何て要らぬ心配をしたのでしょう。」
赤映は自嘲した。
ただし、幸せそうに。
「姿は変われど、貴方様がわたくしを忘れるなど有り得ないのに。」
記憶ではない。
心が、赤映を覚えている。