盃に浮かぶは酒月
月明かりに満ちた縁側に、姫が佇んでいる。
「もし…―――。」
桂撫は姫の名を呼んだ。
いや、呼ぼうとした。
叶わなかった。
姫は月を見上げて、透明な涙を流し、それはそれは儚げに泣いていたのだ。
女の泣き顔を見たのは初めてのこと。
桂撫は一瞬戸惑ったが…、
目を見張るほどの姫の儚さに、美しさに、桂撫はただただ見つめることしか出来なかった。
「…女人の自室に無断で入るなど、礼儀の判らぬ殿方ですね。」
ふいに姫が、冷たい声を発した。
気付かれていたとは露ほども思わなかった桂撫。
驚き、口を引き結び、やがて意を決して月明かりの下へ姿を現した。
姫には劣るが艶やかな黒髪。
濃紺の着物を纏い、帝らしい高貴な雰囲気を醸し出す桂撫。
姫は一瞬訝しんだが、すぐに表情を消し去り、桂撫に向き合った。