カラー オブ ヘヴン
「あの、その話は……まだ、ちょっと」
雨音が強く、足音に気付かなかったトウジは、びくりと身体を跳ねさせた。
スーツの男に向き直り、妙に口籠りながら言う己の手が、僅かながら震えているのが解る。
自分は、少なからずこの男に恐怖を抱いているのだろう。
トウジは、目の前で笑みを携える男から、少し視線を外した。
吾妻巽。
龍トウキチの右腕であるこの男が、実質、龍上会を動かしていることは、龍上会内部では周知の事実であった。
顔の筋肉は笑顔そのものを創り出してはいるが、その瞳は、凍えるほどに冷たく、視線を合わすことさえ躊躇させる。
吾妻は、そんな言い知れぬ不気味さを持った男だった。
「そうそう。先日、会ってきましたよ。あの薄汚い教会で」
「え?」
思いがけぬその言葉に、いよいよ戦慄が走った。
イオリに、会ってきたというのか。
「ずいぶんと綺麗なお嬢さんでしたね。君がご執心なのも頷ける」
「……」
僅かばかり視線を外したままのトウジに、吾妻はふ、と口元を歪めた。
「それで?君はいつになったら芳しい報告を上げてくれるのでしょうか」
「すみません。もう少し、時間を貰えれば」
顔を見る事が、出来ない。
ライターを握り締めた手の平が、妙に汗ばんでいる。
大きな黒い影に飲み込まれてしまうような、そんな畏怖が襲いかかっていた。