アンダンティーノ ―恋する旋律 (短編)
 彼は今は泣いてはいない。

柔らかな笑みさえ浮かべている。

 しかしだからこそいっそうその姿は
頼りなげで痛々しく見えた。

「き、聴いてみたいな」

 ユマはことさら大きな声で言った。

 なんとか彼の気を引き立てようと
思ったのだ。

「えっ?」

「聴きたい。あなたの『愛の挨拶』」

「無理だよ。楽器もないし」

 急な注文に慌てるテツロウに、
ユマはにっこり笑いかけた。

「わかってるよ。

 ポーズだけでいいんだってば。
 
 ね、お願い」

「そ、そう?」

 ひどく困った、それでもまんざら
でもなさそうな表情で、テツロウが
立ち上がった。

 見えないヴァイオリンをかまえ、
ご丁寧にチューニングまでしてみせる。

 意外にもノリがいい。

 軽く一礼して優雅に演奏するジェス
チャーを始めたテツロウを、ユマは
ほほえみながら見ていた。
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