時空奏者
ピタリとエレンは店の前で立ち止り、ハルカもまた立ち止まった。
一見すると、確実に閉店しているような店だった。
日の当たらない細い路地でも、目立つ赤茶色の屋根の洋裁店。
磨かれていないショーウィンドウのマネキンには、色褪せたワンピースが着させられ、その手には色褪せた鞄。
ハルカが思わず視線を逸らすと目に入った黄ばんだ壁には、
いくつもの…赤い、シミがあった。
エレンが店へ入ろうと一歩前へ踏み出す。
エレンが握ろうとする古めかしいドアノブは錆び付き、木製のドアは幼稚園児でも蹴飛ばせば壊れそうである。
エレンがいなければ、入ろうとすら思わないほどには。
とても営業している店とは思えないありさまだった。
ギギ…ギィ、ギギィィー……
エレンがドアを開け、ハルカが恐る恐る店の中へ踏み入った。
店内は古い木の匂いがした。
エレンはハルカが入ると即座にドアを閉めた。
薄暗い、無人の店内には明かりもついていない。
唯一光が射しこむ窓も曇り、
きっと白かったレースのカーテンは、無残にも灰色へ変わり果てていた。
壁に掛けられた古い時計も的外れな時間を指したまま動いていない。
ただ、寂れた店内には不似合いな豪華なラジオから静かな音楽が流れていたのだった。
「いらっしゃい、お嬢さん」
…男か女かも分からない、しわがれた老人の声がした。
「…アレを、取りに来た」
「まいどあり。請求はどうするかい?」
その老人の姿は
「…いつも通りに頼む」
「わかりましたよ」
「おい。試着室、使うぞ」
「どうぞ、ご自由に…」
どこにも、無かった。