Time is gone
 その切っ掛けとなったのは、父親のリストラだった。何十年と勤めた会社に、不景気を理由にあっさりと首を切られた。そのとき父親が見せた、見知らぬ異国に取り残された幼子のような表情を、僕は今でも忘れない。
 それでも知人のつてにより、すぐに再就職できたことは不幸中の幸いだった。ゆえに両親の仲がこじれることも、一家離縁などという最悪のケースを辿ることも免れた。だがその収入は激減し、母親はパート勤めを余儀なくさせられた。
 父親の収入だけでも、慎ましくは暮らしていける。ではなぜ母親がパートに出る羽目になったのか、それは全て、僕の学費のためだった。
 分かっていながら塾をさぼるとは、閻魔様の耳に触れれば、舌を抜かれるだけでは済まないだろう。
 それでも塾をさぼり続ける理由、それはその一件を機に、二つのことを悟ってしまったからだ。
 一つ、この世の中に絶対なる安定など存在しない。
 二つ、人も親も人生ももろく儚い。
 弱冠十六歳にして、僕はそれを悟ってしまったのだ。
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