Time is gone
「おじい様……」
 何か言いかけた陽子を、わしは素早く制した。言いたいことは、分かっていた。
「大丈夫じゃ。心配には及びません。わしはもう、死を望んだりしません。あれだけ強く生きることを望んだ光彦のためにも、わしは生きます。残された者は、去って逝った者の分まで生きなくてはならん。そしていつまでも忘れないことが、残された者の使命なんじゃ」
 陽子は安心したように頬笑み、頷いた。
「陽子さん、あなたは時計によって人生を変えられました。わしと光彦は、生きることの意味を、命の尊さを学びました。時を進めてきた十年分を、光彦が眠り続けた十年分も、わしはこの背に背負い、生きていきます。……そしてその日がきたら、孫と二人、三途の川で釣糸を垂らし、息子夫婦がやってくるのを待ちます。もちろん、ばあさんも連れて」
 わしは胸ポケットから便箋を取り出すと、その表面に書かれた、「遺書」という文字をまじまじと眺めた。
< 321 / 407 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop