Time is gone
「目を覚まして、しんくん! ……変わっちゃったよ、しんくん。昔ならそんな女に騙されなかった。現実から、目を逸らさなかった」
「目を逸らしているのは……」
 反論しようとする俺を、遮るように雪菜は続けた。
「それだけじゃないよ。昔はお金とか出世とか、そんなものに目が眩むような人じゃなかった。もっと、堅実に生きてた」
「……何が悪い? 金や出世を求めて何が悪い? お前だって喜んでいたじゃないか! 旅行だって、誰のお陰で行けたと思っているんだ!」
「最初は嬉しかったよ。好きな人の仕事が上手くいっていて、嬉しくないはずがないでしょ。でも、しんくんはいつの間にか、それらに取り付かれていた」
「男が出世を望むのは当たり前だろ。それを望まなかった方が、おかしかったんだ」
「私はそんなしんくん、望んでなかった! お金がないならないなりにデートして、ボーナスが出たら少し豪華な食事をして、それでよかった! 幸せだった! ……戻って、昔のしんくんに戻って。返して、昔のしんくんを返してよ!」
 だったらそういう平凡な男と付き合えよ。
 俺は心の中で呟いたつもりだったが、それは声帯を震わせ、空に放たれていた。
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