くじら
澄さんはわざわざ九十九里まで行きたい
と言った。
遠いですよ、と言うと
時間はあるから良いじゃないと返された
確かに時間はある…
やっと九十九里浜についた
潮の匂いがツンと鼻にくる
「やっぱり暑いわね、」
「当たり前じゃないですか」
澄さんは海の近くまで歩いて行った
浜には、少しばかり人がいた
「……きれいね。変わらないのね。……あの人と来た時と同じなのね」
あの人とは先生の事だろう
「…先生と来られたんですか。わざわざ九十九里まで」
波の音が聞こえる
「夏にね。いまはあの人も此処には来たがらないだろうけど…」
「……」
来たがらない…
それだけ時間が流れたのだ
そう言うにはあまりに澄さんは悲しそうな顔をしていた
だから何も言わなかった。
違う―…言えなかった
「お弁当食べましょう。作ってきたのよ」
両手に持ってた大きな風呂敷を見つめていた