僕から自由を奪った貴方に、僕と同じ痛みを。【BL】
序章
悪夢に悩まされるようになったのは、一体いつからだったろうか。
躰を駆け巡るえも言われぬ恐怖を感じるようになったのは、一体いつからだったろうか。
何も、分からない。
何も、憶えていない。
そんな少年を、男はただ優しく抱き締めた。
何も、考えなくていい。
何も、怖いものなどない。
そう言い聞かせるように背を撫で、白い額にくちづける。
「怖いんです……」
赤い唇がそっと言葉を紡ぐ。
「僕が僕じゃ無くなるみたいで、ただ、怖いんです」
毎夜同じ言葉を繰り返す少年の耳に、男はそっと声を送り込む。
「この薬を飲んで眠れば大丈夫」
グラスを手にした男は口に水を含み、少年の唇に赤い錠剤を押し付ける。
くちづけと共に水を流し込み、舌で錠剤を押し入れてしまう。
こくり、と少年の喉が動いたことを確認して、唇から零れた水を指で優しく拭ってやった。
「お前は、何も気にするな。俺が傍に居てやる」
少年の柔らかな金髪を撫で、ベッドに横になるよう促す。
灰色の瞳が不安そうに彼を見上げると、額にくちづけが落とされた。
「ラディはまだ寝ないんですか?」
「仕事があるんだ。安心しろ、お前が眠るまで居てやるよ」
「ありがとう、ございます」
額に置かれた大きな掌に自分のを重ね、少年はゆっくりと目を閉じる。
今宵はもう、悪夢を見ないことを祈って。
< 1 / 3 >