幕末異聞―弐―
「俺の思想とお前の思想は少しずれてるようだ。俺はもう自分のためにしか動かねぇ。国の事なんか二の次だ。お前のように義に身を捧げることなんて出来ねぇんだよ」
机を凝視したまま短髪の髪を撫でる。
「それは、先生の…吉田松陰の敵を討つために幕府を潰すということか?」
冷静さを取り戻した稔麿は確認するように晋作に尋ねた。
晋作は強い眼差しで稔麿の目を見る。
「そうだ。俺は、高杉晋作は吉田松陰の敵討ちをするためにこの六年間を過ごしてきたのさ」
にやっと笑った高杉の表情には何物にも揺らぐことのない強い思念が表れていた。
「…ふ。お前らしい答えだ。
だが晋作、これだけは勘違いして欲しくないので言っておこう」
「?」
稔麿は正座をして高杉が花束を置いた机を愛しそうに数回撫でた。
「俺の基盤も、お前と同じ。松陰先生の無念を晴らすことだ」
稔麿は音もなく立ち上がり、花の置かれた部屋から出て行く。
「吉田先生!ここにおられたのですか!そろそろお時間です」
家の土塀の外から突然壮年の男が現れた。
「宮部さん、今行きます」
稔麿はもう一度部屋の中にいる高杉に向き直る。
「もう行くのか?」
「ああ。俺にもやることがあるのでな」
「へへ。お互い、生きてたらまた会おう」
「ふっ。そうだな。幸運を祈る」
二人は別れを惜しむように握手をしてそれぞれ、別々の道を歩んでいった。
「吉田先生、あの方は?」
吉田の隣を歩く宮部が高杉の後姿を不思議そうに見ている。
「あいつは、高杉晋作。俺の友人であり、立派な武士でもあります」
吉田は微笑しながら静かに目を閉じた。
「宮部さん、京都にはいつ頃着く予定ですか?」
「はっ。何もなければ十日程で着くと思われます」
「そうですか。急ぎましょう」
先ほどの軟らかい笑顔とは一変して引き締まった表情を見せる吉田。
故郷の恩師に見守られながら京都に向けて動き出した。