幕末異聞―弐―
「…近々決行する予定じゃった倒幕計画の重要人物が壬生狼に捕まったんじゃ」
「何じゃて?!」
坂本は耳を疑った。急に真剣な顔つきに変わり、中岡の撫で肩を鷲掴みにした。
「ほき(それで)長州側はどうすると?」
「まだわからん。やき今から聞きに行こうと思っちょったところじゃ」
中岡は坂本の手を払い、編み笠を再び目深に被り直し、一歩踏み出す。
「待て待て!!おんしが今長州の所に行ったら張ってる壬生狼に怪しまれるぜよ!」
坂本は、空かさず中岡の筋肉質な二の腕を掴み直した。
「ほがなことゆうちゅう場合がやない!
へんしも(一刻も早く)対策を講じせんといかん!!」
「慎太郎…」
腕を掴まれた中岡は取れそうなくらい激しく首を左右に振って制止しようとする坂本に抵抗する。
それに負けじと坂本は一直線上に並んでいた中岡の前方に体を入れて進路を塞いだ。
「わしが行く!!!」
「……は?」
坂本の威勢のいい宣言に力尽くで前進しようとしていた中岡の動きが止まった。編み笠が邪魔をして表情は見えないが、明らかに混乱している。
「何をゆうちゅう?!今回の件はおんしにゃ関係ないことぜよ!!」
「関係ができたんじゃ。個人的に」
「ほんに何ゆうちゅう?!!おまんの寝言に付き合っちゅう暇は無いんじゃ!!早う手を離せ!」
今の坂本とまともな話をするのは不可能と判断した中岡は、掴まれていない方の手で坂本の手を引っ張るがびくともしない。大きくて厳つい坂本の手は更に力を入れ、逃れようとする中岡をがっしりと掴む。
「寝言がやない。吉田稔麿に合わせて欲しいんじゃ!ちっくと(少し)でいい!」
「おんし…吉田と知り合いながか?」
「まあな。わしの思うところ、吉田と宮部ゆう男はざんじ(すぐ)にでも何か行動を起こそうとするじゃろう」
坂本と吉田の関係を知ることができない中岡。だが、自分の知っている吉田と宮部の性格を的確に捉えていることから、坂本が二人と面会したことがあるのだろうと自分なりに解釈をして頷いた。