幕末異聞―弐―
「慎太郎、おんしはどうしたいんじゃ?」
「…わしか?」
坂本の質問に対し、中岡は自分の気持ちを的確に表せる言葉を頭の中で組み立てる。
そしてゆくりと口を開いた。
「わしが思うに、壬生狼はおそらく捕縛した人物を餌に一気に長州藩士、土佐藩士含む倒幕派をおびき出して片付けよういうつもりじゃないかと思うんじゃ。やき、しばらく様子を見たい」
中岡が意見を言い終わるに連れて、坂本の口は段々と緩んでいった。言い終わる頃には完全にいつものひょうきんな笑顔へと変わっていた。
「いや〜よかったよかった!わしもぶっちゅう(同じ)意見ぜよ。
無駄な血を流すことばあ下らんことはない!
慎太郎、必ずその意思を伝えるき、わしに吉田のところへ行かせてくれんか?」
坂本は編み笠に隠れている中岡の目の辺りに視線を合わせた。
「龍馬…おんしが人にそこまで必死な姿をわしは初めて見たぜよ」
「なっはははは!わしも初めてじゃ!」
最大の特徴である癖毛をワシャワシャと手で掻き回して大笑いする坂本。中岡は、自分の腕を掴んでいる坂本の手を上から被せるようにして強く握った。
「わしは長州藩邸の桂の元に行く。おんしは吉田と宮部を頼む」
「おお。気をつけろよ!」
「おんしもな」
坂本は、すっと中岡の前から体をどけ、目の前を通り過ぎる編み笠を笑顔で見送った。
「さて、わしも行くかの」
坂本は、髪を撫でてから勢いよく七条通りに向けて歩き出した。