幕末異聞―弐―
「まだ吐きませんか?」
「随分口が堅い。敵ながら賞賛に値する」
「感心しとる場合か?!見張りしてるこっちの身にもなれや!」
「ふむ」
昼下がり、八木邸離れにある蔵の前では捕縛した枡屋喜右衛門の尋問を任された斉藤と、その見張りを任された沖田と楓が円になって座っていた。
一刻ほど蔵の中で喜右衛門を尋問していた斉藤の額には薄っすらと汗が滲んでいる。六月の締め切った蔵の中は大変蒸しているため、詰問する側もされる側もかなりの体力を消耗するのだ。
「やっと名だけは吐いた。名を古高俊太郎。見ての通り武器の調達と連絡役として動いていたようだ」
「役に立たん情報やな」
「…ふむ」
楓に痛い突っ込みを入れられてしまった斉藤は、首を縮めて考え込んでしまった。
「楓!一さんをあんまりいじめないで下さいよ!見た目は怖くて何考えてるのかわからないけど、傷つきやすいんですから!」
「…半分援護して半分傷つけてるでこのお嬢さん」
「……ふむ」
沖田の天然なのか計算なのかわからない言葉に斉藤の唸り声はさっきよりも若干引く唸っていた。
「さて、俺はそろそろ失礼する」
しばらく無言で蝉の声と御囃子の音を聞いていた三人の内、斉藤が姿勢よく立ち上がった。
「なんや?もう尋問は終いか?」
楓が欠伸をしながら斉藤を上目遣いで見る。
「朦朧とした意識の中で何を聞いても正確な返答は期待できない。日を改めてまた訊く」
いつもならどんな激務でも疲れた様子を窺わせない斉藤だが、流石に古高の口の堅さには参っていた。そもそも、斉藤はこのような特殊な隊務に向いていないようだ。
微妙に背を丸めて蔵を背に歩いていく斉藤に向け、沖田は能天気に手を振る。