幕末異聞―弐―
沖田は、満足そうにフンッと鼻を鳴らして蔵の近くに生えている一本の立派な木に寄りかかった。
斎藤は一刻前と同じように蔵の扉の脇で姿勢よく立っている。


「…土方さん相手に半刻も粘るなんて大したものですね」

暇を持て余した沖田は、木々の間から見える青一色の空を見上げた。

「全くだ。昨日のうちに吐いてしまえばよかったと後悔していることだろう」

「ははは!確かにそうですね!あんな鬼みたいな人に尋問され…」



――ゴゴゴ…


沖田の言葉をかき消しながら、重苦しい音を立てて二つある蔵の扉の一方が開いた。


「誰が鬼だって?」


薄暗くひんやりとした空気が流れる蔵から出てきたのは、頬に玉の汗を滴らせた土方であった。
彼が蔵から出てきたということは、古高が全てを話した事を意味する。
斎藤と沖田は、急ぎ足で蔵から伸びる数段の階段を下りてくる土方に駆け寄った。

「全部吐いたんですね?!」

沖田は、土方の背後で開け放たれたままになっている扉の奥を覗こうと試みるが、暗くて何も見えない。結局、古高が生きているか否かは確認できなかった。

「ああ。とんでもねー事を吐いてくれたぜあの野郎」

眉間だけではなく鼻の頭にまで皺を寄せて眉を吊り上げる土方の様子から、事態は相当悪い方向に動いているという事が伺える。斎藤も沖田も固唾を飲んで次の言葉を待つ。

「斎藤君」

「はい」

地を這うような土方の声に斉藤は背筋を伸ばした。

「今、会津宛に書簡を書く。君はそれを大至急、会津藩邸に届けてくれ」

「承知」

土方は、蔵の方に体を向けている二人の間を割って大股で歩き始めた。

「沖田」

「はい」

わざわざ“沖田”と呼び方を変えた土方に対し、副長助勤の顔つきに変わる沖田。

「出動できる隊士の数を報告しろ。
そして、そいつら全員武装させとけ!」

捨て台詞を残し、土方は颯爽とその場を去っていった。



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