幕末異聞―弐―

「あー!人多過ぎや!!」

「黙って歩けよ!」

人に埋もれそうになる小さな楓に、さり気なく気を使いながら永倉は歩いていた。
つい先程、隊士たちの集まる大部屋に土方と沖田が現れ、武装命令後、初めての指示を出した。

「仕方ないだろ?!くじ運が悪かったんだから」

永倉は軽く息を吐いて眉を寄せた。
土方の命令は、“隊ごとに違う道を使って市中見回りを装い夜四ツまでに祇園町会所に集合すること”というものだった。
碁盤の目状になっている京都の中心部では、少し先の目的地に行くだけでも、何通りもの行き方を考えることができる。従って、一番隊から十番隊が祇園の町会所までそれぞれ違う道を使うことは可能なのだ。しかし、問題はどこを通るか?という事。
組長たちの中でもそれが話し合われた。そして、永倉率いる二番隊は運悪く一番近道だが、一番人が多く時間のかかる、四条通を通る事になってしまったのだ。

「俺だってこんなの嫌だったよ」

「十本の内一本しかないハズレを引くなんてこの先が怖いなあ?」

「ちょっとやめてくれない?!冗談にならないからさ…」

この先に起こる事を隊士の誰もが薄々感じている中、敢えて不吉な言葉を口にする楓。普通なら楓の下らない冗談など軽く受け流す永倉だが、今はそんな些細なことですら敏感に反応してしまう。

(ガキだなぁ…俺)

永倉は、楓の冗談を気に掛けている自分に苦笑した。
道行く人々は、浅葱色の隊服を見ただけで恐れおののき無理にでも二番隊の行く手を開ける。そのお陰で、永倉の視界が段々と開けてきた。背の低い楓には相変わらず人の頭しか見えていなかったが、人が動く度にその間からちらちらと朱色が見えた。

「楓、大丈夫か?」

周りが退いてくれるため、自分の歩く幅が確保できた永倉は背後の楓を心配していた。

「ふん。どうってことあらへん。それより新八、あの朱色は八坂神社の門か?」

「ああ。あれが見えたら町会所はもうすぐだ」

四条通を歩いてきた楓以外の二番隊隊士の目には、八坂神社の立派な門がはっきりと見えていた。

皆一様に表情が硬くなる。いよいよなのだと四条通を歩く全ての隊士が覚悟を決めた。


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