幕末異聞―弐―
――四条通
「あれ?薫ちゃん監察クビになったん?」
前を歩く隊士の丸い背中に違和感を感じた楓は、小声で話しかけた。
「馬っ鹿!そんな訳ねーだろ!!出動隊士の数が少ないから補充員として監察も参加することになったんだよ」
楓の前を歩く浅野薫は、怒っていてもあまり迫力の無いふくよかな顔をグイっと後方に向ける。
隊士たちが出動するほんの数十分前、全隊士が絶対の信頼を置く策士土方が動いた。
彼は紙と筆を懐から取り出し、大胆に枡を数個書き始めた。近藤含める幹部は食い入るように紙を見つめている。
「ここが今いる町会所だ」
土方は筆を置き、人差し指で数ある枡の延長線上の一辺を示した。
「この四条通を暫く行くと、縄手通で道が二股に分かれる」
今度は、四条通と名付けた直線から指を滑らせ、枡の一角で止める。
そこで土方は紙を囲む全ての者を見回した。
「ここで隊を二つに分ける」
「「「「!?」」」」
十人いる組長の約半数が表情を変えた。近藤は依然、動かないまま土方の話に集中している。
「二組で三条木屋町にある四国屋と三条小橋にある池田屋を同時に目指す」
「副長、ちょっと待ってくれ!監察を入れて三十四人しかいない隊を更に二つに分けたら十七人ずつになっちまうぜ?」
沈黙する幹部の中で、原田が挙手して発言した。
「はなっから真っ二つにしようなんざ思ってねーよ」
「?」
原田を睨んでいる土方の顔は、蝋燭の炎に照らされて不気味に浮かび上がった。
「監察の最終の情報では四国屋で会合するという報告が僅かだが、池田屋よりも上回った。俺は奴らを信じる。それに…」
土方は隣にいる近藤に目をやり、不適な笑みを見せる。
「俺のカンもそう言ってる」
土方のカンの良さを熟知している近藤は、眉を寄せて鼻で笑った。
近藤が承諾した以上、隊長格の隊士が何を言おうと無駄である。幹部たちは黙って土方の説明を聞くことにした。