幕末異聞―弐―
「到着でござーい!」
駕籠を運ぶ男の声で目が覚めた。
こんな乗り心地の悪い駕籠の中でも人間の睡眠中枢は働くらしい。
「ご苦労だった」
駕籠を降りる駕籠屋の男たちは逃げるように走り去って行った。無理も無い。尊王攘夷志士を乗せた駕籠はいつ役人に奇襲されてもおかしくない時代だ。
えらく足早に去っる駕籠から目を離し、目の前に佇む町屋造りの家屋に歩み寄る。
“旅籠 池田屋”
と書かれた行灯が戸までの道を照らし出していた。二階建ての家屋からは、所々淡い橙色の光が漏れている。
(もう来ているのか)
――ガラ…
「ご足労様です。お待ちしておりました」
「!」
二階部分の格子窓に気を取られていると、勝手に戸が開き、中からは提灯を持った男が現れた。
「ささ、皆さんお二階のお部屋にお揃いですよ」
丸印の中に池と書かれた手持ち提灯で店の中に案内される。
玄関に入るとすぐに急な細い階段が姿を現した。
「見かけによらず随分小さな店だな」
失礼だとは思ったが、率直な感想だった。前を行く火の点った提灯を頼りに階段を上りきる。
「ええ。皆さんそう仰られます。ですが、年老いたオヤジ一人と女中二人で切り盛りするにはこのくらいが丁度ええんですわ」
「そうか」
どこまで続いているのか解らない長い廊下を主人に付いて歩く。
しばらく歩くと、手すりが突然無くなった。
「店主?」
「はいはい」
「これは階段か?」
一際闇の深い場所を覗き込むが、夜目が利かないせいか全く先が見えない。
「そうでございます。お侍様がお使いになりましたのが表階段ですので、こちらは裏階段になりますね」
(階段が二つあるのか…)
「…何処へ繋がっている?」
「こちらは土間に繋がってございます。何か気になることでも?」
「…いや、そういうわけではない」