幕末異聞―弐―
壱拾六章:池田屋事変-参-


――ドンドンッ


帳場でうたた寝をしていた亭主・池田屋惣兵衛は、入り口の戸が叩かれる音で覚醒した。

(…さっきのお侍様か?)

「はいはい今出ます」

一声掛けてから帳簿を閉じ、すぐ隣の玄関に下りる池田屋。
戸を開けたら細身で茶色の羽織をはおった男が立っている。池田は当然のように営業用の笑みを湛え、ゆっくりと戸を開けた。

「お待ちし…」


池田屋はそれ以上の言葉を口にすることはできなかった。笑顔を忘れて目を剥き、震える足で数歩後ずさる。

「主人であるか?御用改めである」

戸口には、池田屋の予想した男とは似ても似つかない武骨な男が立っていた。
そして、後ろには四人の鮮やかな羽織の男たち。夜であるにも関わらず、早朝の青空のような色をしている。その羽織を見て誰だかわからない者はいない。
池田屋は今にも腰を抜かしそうになりながら、武骨な男の言葉を無視し、店の奥へと走り出した。


「逃がすかッ!!永倉!藤堂と赤城と共に一階を!!総司は俺に続け!!」

「「「「はい!!」」」」


――当たってしまったか…


亭主の行動で、池田屋が会合の場所であることはほぼ確実。
奥へと逃げていった主人を追う近藤は、困惑していた。


「近藤さん!大丈夫ですよ!!私たちなら」

足の速い沖田が近藤を追い抜き、力強い笑顔で近藤の憂いを晴らす。


「…くっく。お前には全てお見通しか」

「ええ!私は近藤さんをずっと見てきましたから!あ!!階段です!」

沖田の目の前に突如梯子のように急な階段が現れた。
頭上からは慌てる亭主の足音が聞こえる。

「総司、補佐を頼む!」

近藤は沖田の胸を軽く押し、先に狭い階段を上っていく。
沖田はまだ整わぬ呼吸を無理やり制御し、後に続いた。


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