幕末異聞―弐―
――ドタ…
声を発する事なく倒れる浪士。斬られたことすら気が付いていないのかもしれない。
刀を抜いたかと思うと、次の瞬間には鞘に納まっている。浪士たちに見えている光は、刀の残像でしかないのだ。
得体の知れない剣にどう戦っていいのかわからずただただ奥の部屋へと逃げる男たち。
「ゴホ…ゴホッ!」
口に手を当てて部屋から部屋を移動する沖田。しかし、その足取りは重い。
「はぁ…は…もう観念なさい。攘夷志士だ何だと言っている方々が幕府の狗に背を向け逃げるなんて情けないですよ」
等々、三条通側の一番端部屋に来てしまった浪士たちは刀を沖田に向けて威嚇している。その内の数人は、見方が威嚇しているのをいい事に廊下に繋がる襖から階段を駆け下りていった。
「あ〜あ。一階の方がもっと地獄だっていうのに…」
沖田は、哀れみの目で出て行く男たちを見送る。
「な…何ヘラヘラ笑ってやがる!!舐めてんのかテメーッ?!!」
「はい」
刀を鞘に収めたままあっさりと答える沖田に吼えた男は返す言葉が出なかった。
「戦う前から負け犬のような表情をしている方たちを前に笑わずにいられますか?私には無理です」
無邪気な笑顔で敵を挑発する沖田は、ようやく柄に手を掛ける。
「な…何をォォ!!」
沖田に罵声を浴びせた男も、抜き身の刀を正眼に構えた。
「ふふ。その負け犬っぷり嫌いじゃないですよ」
「舐めやがってこのガキがぁあぁああああ!!!」
――ザッ!
男が沖田に向かって走り出して数歩、これから姿勢を整えて突っ込もうと思った瞬間であろう。男は畳に顔面から沈んだ。
後ろで見ていた仲間は、何処を斬られたのかもわからない。
「さあ、次はどなたですか?」
顔に数滴ついた返り血を袖で拭い、沖田は刀を正眼に構えた。