幕末異聞―弐―

――沖田が走り抜けた道には死体の軌跡ができる

いつしかそんな噂が京都中に広まっていた。
そして今夜、池田屋に集った攘夷志士たちは自分の目で噂の真偽を確かめる事となった。
これが鬼の申し子と呼ばれた沖田総司。
顔は見えずとも、常人では成し得ぬ刀捌き、反射神経、運動能力。全てを総合して考えると、自然と新撰組屈指の剣豪・沖田という答えに到る。

「ゲホッ!ゲホ…さあ、貴方が最後です。覚悟はいいですか?」

苦しそうに痰の絡んだ咳を繰り返す沖田。

(…早く近藤さんの所に)

沖田はいつまでも動かないで震えている最後の浪士ににじり寄り、一歩踏み出すのを待つ。

「うッ…ゲホッ!ゲホ…ゲホッゲホ!!」

突然、心臓が不規則に鼓動し、沖田は激しい咳に見舞われた。


「う…うわぁああー!!」

その隙を突いて、震えていた浪士は廊下に飛び出し、四つん這いになりながら一階へと逃げてしまった。


「ゲホッ!!ゲホッ!…はぁ…はは。おかしいなぁ」

沖田は、半ば酸欠状態でぼんやりした頭を無理矢理奮い起こし、死体の転がる廊下に出て血溜りの中をフラフラと歩き始めた。


「近藤さん…近藤さん!!」

真っ暗な廊下を欄干伝いに進んでいく沖田。裏階段に近づけば近づくほど、血でぬかるんでいて足場が悪くなっている。おそらく、近藤が浪士を切り捨てたせいだろう。


「!!」


最初に突入した部屋に再び戻ってきた沖田は、中の光景を見て鳥肌が立った。

窓から入る月の光で白く浮かび上がる近藤の背中。その周りを三人の黒い影が囲み、うち近藤と向き合っている二人は二人掛かりで刀の押し合いをしている。
いくら力のある近藤でも、男二人相手の力比べに片手では耐え切れない。両手で刀を持ち、何とか耐えていた。
近藤の目に見えている刀は自分の愛刀を含め三本。だが、彼の背後には音もなく四本目の刀が構えられていたのだ。上段に構えられたその刀は、振り下ろされる直前。
前の二人に集中している近藤は、背後の危険に全く気づいていない。


――ダッ!!


沖田は、肺の痛みも、喉にへばり付く痰の事も忘れて一心不乱に走る。


「壬生狼――ッ!!覚悟おぉおおぉ!」


「!!?」



――ガキィィィ…


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