幕末異聞―弐―

「この距離があったって、貴方たちが背を向けた瞬間やられてしまいます。この男にはそれができる」


「…まさか相手に誉めていただけるとは思いませんでした」

沖田の生き生きとした目に軽蔑の眼差しを向ける男。

「化け物だと言っているんだ。沖田総司」

「ふふ」

「「!!」」

沖田総司。その名を聞いた二人の浪士は体を硬直させた。
実在するかどうかも危ぶまれている名を持った男が目の前にいる。あろう事か、目の前で無防備に背を向けて会話をしているではないか。
怯えながらも近藤の追跡を諦めた浪士は、対峙している二人に気づかれないように目で意思を確かめ合う。

(いくら腕が立つと言っても、背後から二人で掛かれば防ぎきれないだろう)

背を向けている今以上の期など今後あるはずがない。
二人は息を止め、すり足で一歩近づく。


「お二方に一つ忠告します」

「…ッ!?」

「!!?」

半歩も距離を縮めていない真後ろの二人に、沖田は振り向きもしないで声を掛けた。
これが数々の死線を潜り抜けてきた者の嗅覚なのかと手の平に汗を滲ませる浪士。

「死ぬ覚悟が出来てから来て下さい。そっちの方が斬りやすいですから」

「「……」」

体は粟立つほど寒いはずなのに体表にはびっしょりと汗をかいている。おそらくこれが本物の殺気というものなのだろう。
二人の浪士はカラカラになった喉に唾を流し込んで平静を保とうとするが、無駄な努力だった。心臓は一生分の鼓動をしたのではないかと思えるほどに早鐘を打ち続ける。



「よ…」

暫しの静寂を破って一人の浪士が、窓から入る風に掻き消されてしまいそうなか細い声を上げた。


「吉田先生!!!お逃げくださいッ!私がこの男を相手している間に!!」

(吉田?!!)

吉田という言葉に反応した沖田は、捨て身の覚悟で突進してきた浪士の一人に僅かながら刀を出し遅れた。


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