幕末異聞―弐―
「こ…んのやろう!!」
裏階段の守備に当たっている永倉は二人の大男を相手に鍔競り合いをしていた。
ただでさえ小柄な永倉が厳つい男と競り合っても負けることは目に見えている。一刻も早く間合いを取りたい永倉だが、相手も逃がすまいと一瞬の隙も見せない。
(…駄目かも)
相手の刀がどんどん自分の頭に近づいてくる。負けたくないという思いとは裏腹に、踏ん張る足の力は弱まっていく。
相手の刀が頭に触れるまで後僅かという所でいよいよ覚悟を決める永倉。
――ビチャ…
目を硬く閉じた永倉の耳に濡れた音が聞こえた。
それと同時に、刀が嘘のように軽くなる。
「…?!!」
永倉は瞑っていた目を恐る恐る開けていく。
「永倉君!!大丈夫か?!」
頭上から息荒く話しかけてきたのは、神様でも仏様でもなかった。
「は…はは、俺まだ生きてんだ」
永倉の眼前には、二人の浪士の首を落とした近藤の姿があった。
永倉はふっと笑ってそのまま尻餅を付く。
「大丈夫か?」
「ええ。二階はどうなんです?」
差し伸べられた近藤の手を借りて永倉は立ち上がる。まだ戦えそうな近藤の様子を見ると、怪我はないようだ。
「二階は総司に任せた。俺も一階で戦う事にしたよ!」
裏階段の周辺を見回す近藤の目には、まだ何人もの殺気立った浪士が映っていた。
「それはありがたいです。では局長は奥の間を」
「わかった!」
近藤の深紅に染まった背中が裏階段の更に奥へと消えていく。
「俺も負けてらんねーな」
近藤の勇ましい後姿に触発された永倉も再び刀をぎゅっと握り、足音のする方向に歩き始めた。