幕末異聞―弐―
近藤が一階に加勢したことを知らない楓は、額に血管が浮き出るほど苛立っていた。
「二階は何やっとんのやクソったれ!!」
憂さ晴らしとばかりに、対峙した男の脇腹を背まで突き通す。
「刀は使い辛いわ、どんどん下りてくるわ、手応えないわ…」
機敏に方向転換をして更にもう一人突く。
ブツブツと文句を言いながらも最小限の動きで確実に敵を仕留めていく楓。
(本当ならもっと暴れてやりたいところなんやけどなぁ)
楓は手に持った大太刀を恨めしそうに見た。楓の持つ大太刀は本来、野戦に使用される武器として設計されているために、屋内で自由に扱うのは至難の業である。
いくら技術のある楓でも、狭い池田屋の廊下や階段では思うような動きができない。それでも楓は、闇の中で妖しく光る刃先目掛けて自ら飛び込んでいく。
死と生の狭間に身を投げることで、自分が本当に生きているのだと実感できる。
ただそれだけを求めて刀に向かっていった。
――ガキッ!!
「?」
「…敵と見方の区別くらいつけようよ」
「…なんや平助か」
鬩ぎ合っていた刀を弾き、楓は後ろに跳び下がった。
「本当に殺されるかと思った」
「殺そうと思った」
そこは冗談でも否定して欲しかったと弾かれた脇差しを肩に担ぎ苦笑する藤堂。
「おい。あんたまだ動けるか?」
楓は藤堂に背中を寄せて浪士の襲撃に備えた。普通の太刀の数倍重い大太刀を八相の構えに変える楓に、藤堂は困惑する。
「なんとか。…お前、そんな構えで何する気だ?」
「二階に行く」
「はあ?!!」
片時も敵から目を離せない状態のはずだが、藤堂は驚いて楓の方を振り返ってしまった。
「暑さで頭おかしくなったか?!一階を八っさんと二人だけで片付けろってのかよ?」
そう言っている内にも刀を手にした数人の浪士が階段を駆け下りてきていた。楓と同様、近藤が一階で戦っている事を知らない藤堂は、語尾を荒げて楓を睨んだ。