幕末異聞―弐―


「一瞬や。よう見とけ」


そう宣言すると、楓は慎重に足場を選んで八相に構えたまま体勢を低くする。
上目遣いで浪士たちの位置を確認し、ふっと短く息を吐いた。



――ダンッ!



左足で地を思いっきり蹴ると、もの凄い速さで直線の通路を走り出した楓。
走り出して三歩でトップスピードが出せる脅威の脚力に浪士たちは何が起きているのか理解できないで戸惑っている。

「?!」

「…ッ!」

「?」

楓の姿が見えなくなったと思うと、突然、窓もない通路に突風が吹いた。
浪士たちは無意識に目を覆う。


――トサ…


瞬きを一つする間の出来事だった。

腕で顔を覆ったままの形で、静かにうつ伏せで倒れる浪士。背中や脇腹には、浅い切り傷が数箇所刻まれていた。まるでカマイタチにやられたかの様な傷である。

玄関の先まで走り抜けた楓はその場にしゃがみ込み、大きく体を上下させて呼吸をしていた。

「はぁー…こんなしんどい事せんと普通に斬っていけばよかったわ…」

刀を杖代わりに立ち上がった楓は目の前の頭上高く伸びる階段を覗き込んだ。


「行くか」

二階から漂う鉄の臭いと異常な湿気に酸の効いた消化液が込み上げてくる。
しかし、その環境で仲間が戦っていると思うと、楓の足は自然と階段を上り始めた。



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