幕末異聞―弐―
「いねーものはいねーんだ。意固地になったってしょうがないだろう?
事実はこれなんだからよ!」

二階を捜索していた原田が槍を器用に回しながら階段を下りてきた。


「副長。原田の言うことは最もだ。今は池田屋に向かう方が先決だと思います」

原田の大きな体に隠れていた斎藤が横から顔を出して原田の意見に同意する。
残りの隊士たちも、無言ではあるが、原田と斎藤に賛同の表情を見せていた。

(そう、自己嫌悪するのは後回しだ。今は近藤さんたちの元へ…)

副長という立場を忘れかけていた土方は、下唇をぐっと噛み、亭主を乱暴に突き放した。


「行くぞ」

そのまま侘びの言葉を口にする事無く、無言で暖簾を潜って店の外に出て行った土方。
副長に続いてぞろぞろと隊士たちが店を出る。

最後に残った斎藤は、女将に支えられている亭主に会釈をした。


「今夜の事はすまなかった。だが命が惜しいのであれば、今後客は慎重に選んだ方がいいだろう」


「は…はい」

自分の助言に呆けている亭主と女将を一瞥して仲間と合流する斎藤。


勘が見事に外れた土方は、決して顔には出さないが焦っていた。
自分の足がやたら遅く感じた土方は、後ろを歩く隊士たちに向き直り睨めつける。


「目指すは池田屋だ!!隊列などどうでもいい!とにかく走れー!!」

「「「「おーーー!!!」」」」

男たちは、雄叫びを上げて、砂埃を巻き上げながらそう遠くはない池田屋を目指して走った。



< 194 / 349 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop